料理研究家・宮成なみの台所の知恵袋

宮成なみ 経歴

宮成なみのあゆみです。
 
こんな風な人生を経て、今も元気に笑顔で毎日、生きてます。
 
 
 
 
■ 幼少期 
 
5歳になると同時に
母からフライパンを渡され、料理を学ぶ。      
 
本物の包丁と食材を使い、
リアルおままごとな日々を過ごす。
 
 
 
■ 1986年 
 
小学校4年生で母より、
家族の晩御飯・支度担当に任命される。
 
食費3,000円を渡され、家族5人分の献立を立て、
買い物、調理と、足りない日用雑貨を補填するのが任務。
 
 
 
■ 1990年 中学1年生。料理教室前身時代。
 
バレンタイン、クリスマスなどのイベント前になると、
自宅に友人が集まり、一緒に料理をするようになる。
 
 
 
■ 1992年 高校1年生。16歳にて、「結節性動脈周囲炎」を発症。
    
現代の医学では治すことができず、
発症から5年以内に8割が亡くなると難病。
 
現在、日本に250名(2013年時点)しかおらず、
未だ治療法はない。

医師より「治すことはできないが、
進行を遅らせることはできるかもしれない。
 
唯一の方法が食事療法です。
食に希望をかけてみませんか?」と言われる。
 
 
頭真っ白に。
 
 
投薬と食事療法を開始。
 
 
 
■ 1993年 1年弱の入院生活を経て退院。高校留年が决定する。
 
医師より、
「日常生活、社会復帰は難しいと思います」
と告げられる。
 
諦めず、
母と共に食事療法に取り組む。
 
 
 
■ 1994年 闘病生活中、バイトができないのでお小遣い値上げ交渉。
 
が、交渉失敗。
母より、「知恵を使って稼げ」 と
新聞を渡される。
 
新聞の読者投稿欄に掲載されれば、
図書券がもらえる。
 
レシピコンクールに入選すれば、
商品や賞金がもらえる。
 
入選して得た米や酢を母に買い取ってもらい、
現金化して小遣いを得る
投書、投稿三昧の日々を送る。
 
 
 
■1995年 19歳。4年かけて高校を卒業。
    
闘病生活で164cm38kgまでやせ衰え、
レンガのように乾き、老化していた皮膚が
食によって潤いと肉付きを取り戻し始める。
 
日常生活ができるようになる。
 
     
 
■ 1996年 20歳。
 
徐々に付いていく体力、
日に日にきれいになっていく肌を見て、
 
「食べたものが血になり、肉になり、
私の体を作ってる。
 
  食べ物は命で、命が命を作ってる。
今日食べた命が、私の明日の命を作るんだ」
 
と体感する。
 
 
料理の楽しさ、食の素晴らしさ、
命と健康の大切さ、有り難さ、
家族と囲う食卓の力に感動。

この感動を伝える仕事を、生涯の仕事にしたいと!
(まだ料理研究家と言う職業があることを知らなかった)
だけん、博多に出たいと!と父の説得開始。
娘がナニをやりたいか全く理解できず、父困惑。
 
父、病気の娘を心配し猛反対する。
父、企む。
 
諦めさせるために
「引っ越し資金を貯めること、社会復帰をすること」
を一人暮らしの条件に出す。
 
 
■ 1999年 23歳。
 
発症から7年半の闘病生活を経て、
食事療法で無理だと言われていた社会復帰を見事、果たす。
 
3年かけて引越し代、3ヶ月分の生活費を貯める。
父、しぶしぶ承諾。
 
半ば無理やり福岡市にて、
一人暮らしを始める。
 
料理研究家を目指す。
 
 
 
■ 2000年 24歳。
 
友人を招いてホームパーティーをしたり、
プチ料理教室をするようになる。
 
「料理なんて面倒臭い」と言っていた子たちが、
手を切っても火傷をしても、
 
彼氏の大好物を作れるようになりたいと
頑張る女の子たちを見て衝撃を受ける。
 
「健康的で経済的な美味しい料理を失敗しないで、
誰でも簡単に作れる」をテーマに
 
恋する女の子たちを応援するレシピ本が
出したいと思うようになる。
 
 
■ 2002年 26歳。投書がきっかけで料理研究家になれるチャンスを掴む。
 
西日本新聞社に投稿したお手紙がきっかけで、
同新聞社人気企画「食卓の向こう側」の取材を受ける。
 
取材時に、夢を語り、
同新聞社 食シンポジウム〜始めよう食・半歩先宣言 
パネリストとして出演すること、
レシピ本の出版がその場で決まる。
        
27歳。同年12月
「オトコをトリコにするメロメロレシピ!」
西日本新聞出版社より出版。
 
初版3週間で完売。
2刷目も1ヶ月で完売。
5増刷目も完売となり、現在入手不可能となる。
 
 
 
■ 2003年 27歳。 料理研究家として活動開始
 
テレビ、ラジオの料理コーナーのレギュラー出演、
食育講演会、雑誌・企業様のレシピ作成など多方面で活躍。
 
 
■ 2005年 29歳 ホームページを開設。
 
「どうやったらなみさんみたいに料理研究家になれますか?」
との問い合わせを多数頂く。
 
 
■ 2006年 29歳
 
今日感テレビ日曜版「日曜キッチン」
レギュラー出演。
 
2012年のコーナー終了・卒業まで、
8年間担当させていただきました。
 
 
■ 2006年 30歳 透析導入。
 
透析をしながら、料理研究家の仕事を続ける。 
子供が産めなくても、子育てはできると、
後進の育成を考えるようになる。
 
 
■ 2007年 31歳 「奇跡のごはん」/東洋経済新報社より出版
 
以前、取材して頂いたライターさんが、
透析導入となり、気落ちしている私を心配して、
 
「出版が決まって仕事ができれば、
なみさん元気になるかもしれない」
 
と、出版企画書を作り、
東洋経済新報社の担当さんに掛けあってくれる。
退院後、サプライズのように出版決定報告を受ける。
 
同年7月 法人化 楽しい食卓株式会社設立
 
 
・ 販売促進コンテンツの作成
・ 雑誌、新聞社さんのコラム連載
・ 商品開発アドバイス
・ Web連載
・ メディア出演
・ 食育講演会講師
・ 六次化産業審査委員


など。
詳しくは、【実績】をご覧下さい。
 
 
 
 
 
■ 2014年 現在
 
週に3回×6時間の透析をこなしつつ、テレビ、ラジオ出演、レシピ作成のほか、
実体験に基づいた命と食の話は食育講演会はわかりやすいと好評。
現在日本全国を講演会で飛び回っている。
 
 
 
 

 

宮成なみの講演依頼は コチラ 

→ 【イベント・講演依頼仮申し込み】 をご参照ください。

 

2014/01/27 お客さまの声・お便り   宮成 なみ